御霊によって生きる

しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。

                                ガラテヤ5:22~25

私たちにとり生きる力はどこからくるのでしょうか。

食べ物、仕事、人間関係、健康などでしょうか。たしかに人が生きる上でこれらのものは必要不可欠です。しかし、これが私の生きる力であると言えるものがあるでしょうか。人が生きる上で力を得るのは肉体の力でもなく、食べ物でもなく、人間関係でも無く、健康でもないように思います。生きる力の根源の力は心に得られるものであり、心から出るものによるのではないでしょうか。心に生きる力が無ければ生きるために必要なものも役立たないのではないでしょうか。

◆生きる力を与える御霊

生きる力は御霊により与えられます。

御霊の実はどこに結ぶものでしょうか。愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制の9つの実はみなこころに結ぶものです。これらの物が植物の実に例えられたように、実は養分を貰い時を経て成長するもと言えます。心に結ぶ実が豊かである時、人間関係に表れる愛が豊かである時、良い関係が生まれます。喜びは心が見出すもと言えます。神様は御霊を人に与えられます。御霊は聖霊なる神、人と交わる人格神として私たちにお住まいになられます。いわばもう一人の人格を持つ人が私たちの中に住むことです。聖書によると悪霊が人に住むと人格破壊を持たらしますが、聖霊は私たちを神にある豊かな者へと導いてくださる方です。人を豊かにしてくれる力の供給源は御霊なる御聖霊です。御霊はこころにお住まいになり、イエス様への信仰を与えるために福音の御言葉に光を与え、悟りを与え、従う信仰を与えキリストに強いつながりを与え給うお方なのです。

◆御霊を消してはなりません

エペソ4:30 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。

悲しませることは神様の御こころと違う考えと行いをしていることです。

御霊はこころに住まう方であると共にその住まいから存在を消される方であるとも言えます。コロナ禍の中で送った昨年、何が起こるか予測できないのが世の中でありました。導き給う神様の御声に信仰を持って進めるようでありましょう。御霊の存在を意識し、心に語り導き、光を与えて教え悟らしめキリストに深く根ざすキリスト者とし給う聖霊を学ぶこの一年でありましょう。

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