霊に燃え主に仕えなさい

今日の聖書の言葉でパウロは3つのクリスチャンとしての生き方を薦めています。

①善に親しむ

愛に偽りがない。も数えたらもっとあるのではありませんか?と思われるかもしれませんがこれは善なる生き方に含まれますので1つと数えます。

しかし私たちは善に親しめない罪あるものだとパウロは言いました。

7:18 私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。7:19 私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。善に親しめない理由は罪の力だと。しかし、御霊は私たちを罪の力から解放し神の言葉に従える者としてくださいました。8:2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。8:3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。8:4 これは律法の要求が、肉によらず霊によって歩くわたしたちにおいて、満たされるためである。

私たちの性質をキリストにより変えてくださる御霊の力が、善を愛し悪を憎む裏表の無いクリスチャンと変えてくださるのです。

②心から互いに愛し合う

信仰の交わりに必要なのは尊敬心が必要です。

兄弟愛は相手の事を思い自分を与える愛です。しかし、あなたの事を思って言ってあげてるのになぜこの愛が分からないの。と思う愛はどのような愛でしょうか。愛の押しつけ、上から目線の愛。尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。へりくだる者でなければないません。上から目線では尊敬は生まれません。   私たちは常に貧しい者であり日毎に与えられなけらば生きられない、心の貧しい霊的貧困者であり主に日毎求める者です。心へりくだり与えられなければならないのが自分であることを知るならば、兄弟愛と尊敬を持ち人と接することができます。

③勤勉で怠らず、主に仕えなさい。

霊に燃えが抜けているじゃないかと思われるかもしれませんがそうではありません。このことを話す前に勤勉であることについて話したいと思います。

勤勉なクリスチャンであるべきです。勤勉であることは、何かを思いつき情熱を持ち始めるよりも大変なことです。継続するモチベーションが求められるからです。

主に心を向けていき信仰を堅く守り、守らなければ悪魔はあなたの勤勉さの心に緩みを与えるだけで勤勉では無くなりさらに怠惰になり仕えることも捧げることもさせなくしてしまえば元の状態よりも悪くなります。そのエネルギーは主に心を向けて行くものだけが得られるものです。歩み続ける事が主に仕えることであり心を内燃させる福音により救われた私たちがどう歩むべきか今日もパウロが語ってくれています。勤勉であり続けることを助けてくださる主により心から主に仕えさせてくださいと祈りつつ歩みましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です