ただ神の栄光を現すために


本日の聖書の内容には偶像礼拝について語る部分もありますが、その部分については又の機会にして、神の栄光を現すクリスチャンの生き方について触れたいと思います。神の栄光を現すのは神を信じる者の使命です。

◆神の栄光の意味

神を知らず、見失い生きる方向が分からない世界に対し神の栄光の光を現さなければならないのです。私たちにはその使命がありその事ができます。クリスチャンであり信仰がある人にしか出来ないことがあります。

31節何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。

栄光を現わしなさい。と言われて、具体的に何をどうすれば良いのかわからないのがこの言葉です。

このことを理解するために3つのことを理解しましょう。①栄光とは②何故栄光を現すのか③栄光を現すにはどうすればよいのか

①栄光

辞書には、「大きな成功や勝利、名誉、輝かしい誉れ」

グローリ―、シエキナー(輝くもの、誉れ、栄誉、成功など)神の神殿が建てられソロモン王が奉献の祈りを捧げた時、神の栄光の雲が満ちました。栄光は神様の存在を現し、性質、声、が人の心に触れる物です。Ⅱ歴代誌7:1~3参照

②栄光を現す理由

栄光を現す理由は私たちのためです。神様がお一人なら栄光を現して何の意味があり、誰がその事で影響を受けるでしょうか。ですから神の栄光は私たちの益となるためです。栄光は神様の存在をあらわす方法なのです。

◆神の栄光を現す方法

③栄光を現す方法について

神様を知らない人が私たちの何を見て神様を知るでしょうか?それはこの人は神様を信じて生きてるんだと分かる行動です。30節もし、私が神に感謝をささげて食べるなら、私が感謝する物のために、そしられるわけがあるでしょうか。

31節 こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも…

神様の食卓からこぼれ落ちる恵みをいただいていることを表す簡単な方法それは感謝の祈りです。祈る姿で神様を信じている信仰に触れるのです。何をするにも、祈ることにより信仰が表れるのです。

りっぱな行動で栄光があらわれるのではなく、あらゆる時に常にささげる感謝の祈りが神の栄光をあらわすのです。

もう一つの神の栄光を現す行為、それは愛により働く信仰の行為です。

27節もし、あなたがたが信仰のない者に招待されて、行きたいと思うときは、良心の問題として調べ上げることはしないで、自分の前に置かれる物はどれでも食べなさい。

28節 しかし、もしだれかが、「これは偶像にささげた肉です。」とあなたがたに言うなら、そう知らせた人のために、また良心のために、食べてはいけません。

29節 私が良心と言うのは、あなたの良心ではなく、ほかの人の良心です。

お供えものを貰い食べている牧師の姿を見て躓く人もいるのです。自身の信仰を堅く守ることも大事です。しかし、救いの本質に関わらないならば配慮にで現す信仰の愛は神の栄光を現すからです。

今年、信仰の祈りと愛を現すことで神様の栄光を求めるクリスチャンでありましょう。

Ⅰテサロニケ5:17-18 絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

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