2025年3月30日聖日礼拝

動画(41分40秒)

聖書 ルカの福音書9章10節〜17節
説教 「五つのパンと二匹の魚」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

ルカの福音書5章10節

イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間を捕るようになるのです。


今週の聖句

ヨハネの福音書6章35節

わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。


ルカの福音書からの黙想 ルカ7章前編

イエス様はカペナウムの町に入られました。イエス様がカペナウムに来られたことを耳にした百人隊長はユダヤ人の長老たちをイエス様のところに使わしてしもべに病の癒しを懇願しました。百人隊長はローマから派遣された異邦人の兵士で、イスラエルを支配、搾取するために来ている軍人です。この百人隊長はカペナウムに来てイエス様のことばを聞き、みわざを見て、イエス様を救い主と信じました。どんなきっかけか聖書には書いていません。この少し前にカペナウムにあったヘロデ王の事務所に勤めるヘロデ王室の役人の息子の病をイエス様はいやしておられます。このヘロデ王はバプテスマのヨハネを投獄し殺害しています。ヘロデの父ヘロデ大王はイエス様がお生まれになったとき、イエス様を殺す目的でベツレヘムの2歳以下の幼児を虐殺しています。イエス様に敵対的であったヘロデの親族と思われる役人が息子の危篤状態の中でイエス様に癒しを懇願して、イエス様はおことばで息子をいやしています。百人隊長はこのように敵対していた人をも愛し受け入れ癒やされるイエス様の姿に感動してイエス様を信じる様になって言ったと思われます。またイエス様は役人の家まで行かれませんでしたが、役人が癒しを信じます、と言ったその時に息子は癒やされていました。百人隊長はこのイエス様のことばの力を聞いて感動していました。百人隊長は自分の病気ではなく、しもべの病気の癒しのためにユダヤ人の長老たちをイエス様の所に送り、「ただ、おことばをください。」(7節)とお願いしました。「しもべよ、癒されよ」というおことば、命令をくだされば、しもべは必ず癒されるという信仰を持っていました。イエス様を信じることはイエス様のことばの権威を信じることです。イエス様はこの百人隊長の信仰を見て「このような立派な信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」と語っておられます。ヘロデ王室の役人の信仰、百人隊長の証しなどにより、ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ(ルカ8章3節)やヘロデ王の乳兄弟マナエン(使徒13章1節)などがイエス様の弟子となっています。難しい環境の人たちも救われ主に仕えています。異邦人、百人隊長のすばらしい信仰の証しは、異邦人も信仰によって救われ、聖められる、イエス様による新しいメシヤの時代の到来を告知しています。

2025年3月23日聖日礼拝(バイリンガル)

動画(1時間50秒)

聖書 使徒の働き17章16節〜34節
説教 「神を知らない世界で福音を伝える」
説教者 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

ルカの福音書5章10節

イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間を捕るようになるのです。


今週の聖句

イザヤ書12章4節

その日、あなたがたは言う。「主に感謝せよ。その御名を呼び 求めよ。そのみわざを、もろもろの民の中に知らせよ。御名があがめられている ことを語り告げよ。


ルカの福音書からの黙想 ルカ6章後編

イエス様は山に登り祈りながら夜を明かされ、夜明けになって12使徒を任命されました。使徒とはイエス様から遣わされた者でイエス様の権限を付与されています。イエス様が天に帰られた後も、イエス様に遣わされた者として主の権限を持って御業を継承しています。教会はこの使徒と預言者(旧約聖書と新約聖書)の上に立っています。12使徒を選ばれたあと、イエス様は弟子たちと山を下り、平らなところで説教をされました。マタイは山に登って説教をされたと記しています。ヨルダン川の西側の山の中腹に平らなところがあり、イエス様と弟子たちはそこに移動して弟子たちへの説教をされました。イエス様はメシヤとしてこの世界に来てくださり、神の国が到来しました。旧約時代は12部族がまとまって行動していました。新しい神の国の到来により12使徒を任命されました。モーセは山に登って神と交わって律法をいただいて山から下りてきて、12部族に律法を授け、律法を語っています。モーセはカナンの地に入る前に12部族から一人ずつ代表を選んで約束の地の調査をさせています。彼らは信仰に立たず不信仰な報告をしてしまいました。イエス様は12使徒を選んで、神の国について語っています。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものだから。いま飢えている者は幸いです。やがてあなたがたは満ち足りるから。いま泣く者は幸いです。やがてあなたがたは笑うから。」4つの幸いを語っています。新しい神の国の律法を教えておられます。イエス様はモーセが示した救い主です。イエス様の到来によってまことの神の国がここに来ています。ルカは異邦人への伝道者として幸いな人とは、哀れな生き方とは、敵を愛するように、憐れみ深くなるように、裁いてはいけない、師のようになりなさい、目から梁を取り除きなさい、良い木から良い実が取れること、最後に岩の上に家を建てる賢い人になるように勧めています。神の国の働きの担い手として12使徒を選定され、彼らをみもとにおいて訓練をされました。新しい神の国の律法は愛の律法です。「自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。」「あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。」イエス様が開いてくださった神の国を、イエス様の愛で、聖霊の力で、自我を十字架につけつつ復活の力によって私たちも弟子の道を歩んで行きましょう。

2025年3月16日聖日礼拝

動画(40分10秒)

聖書 ルカの福音書8章40節〜48節
説教 「イエスに触れる信仰」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

ルカの福音書5章10節

イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間を捕るようになるのです。


今週の聖句

ローマ人への手紙8章11節

イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。


ルカの福音書からの黙想 ルカ6章中編

ルカ6章でイエス様は12使徒の任命を行っています。初期ガリラヤ伝道の中で多くの人々がイエス様に従い弟子となって行きました。その多くの弟子の中から12名を選んで十二使徒という名前を授け、身近におかれて訓練をされました。「イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。そして、夜が明けると弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をお与えになった。」(12~13節)イエス様は祈って12使徒の選任をされました。夕方山に行かれ、徹夜で祈られ夜明けになって、多くの弟子の中から十二人を使徒として選任されました。イエス様は大切なことを行われる時、祈りの時を持たれました。私たちも人生の決断、重大な選択をする時、十分なる祈り、主との深い交わりの中で進むことが教えらます。第二に使徒の数は十二名でした。旧約時代には12部族が定められ、それぞれに神の民としての使命が与えられていました。メシヤであるイエスの到来、十字架ですべての罪が贖われ、聖霊が下って信じる者は誰でも差別無く神の子とされる時代が到来します。古い旧約の時代が終わり新しい恵みの時代が到来します。この時代に救いの恵みを伝えるために新しい十二部族である十二使徒が選任されました。この十二使徒選任の目的は「彼らをご自分のそばに置くため、また彼らを遣わして宣教をさせ、彼らに悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。」(マルコ3章14~15節)十二使徒はイエス様のそばにいて、イエス様のなされたみわざ、イエス様の語られたみことばの目撃証言となるためであります。イエス様のそばにいて、イエス様の愛と赦し、力、語られることばを学んで、人格的にイエス様に似る者になるためであります。さらに宣教に使わされ、人々を罪の束縛から解放し悪霊から解放するためであります。ルカは「ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした人たちの中から、だれか一人が、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。」(使徒1章22節)と語っています。十二使徒の大きな使命はイエス様の十字架と復活の証人、証言であります。これらの任務を委託される使徒たちはイエス様の身近ですごし、使徒たちは自我がぶつかるときなどを経験しながら神のしもべとしての赦し、愛、受け入れを学んで霊的に成長して行きました。

2025年3月9日聖日礼拝

動画(49分32秒)

聖書 使徒の働き17章1節〜15節
説教 「主のみことばを受け入れる」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

ルカの福音書5章10節

イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間を捕るようになるのです。


今週の聖句

マタイの福音書13章8節〜9節

また、別の種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍になった。耳のある者は聞きなさい。


ルカの福音書からの黙想 ルカ6章前編

「ある安息日に、イエスが麦畑を通っておられたときのことである。弟子たちは穂を摘んで、手でもみながら食べていた。」(1節)この行為を「なぜあなたがたは、安息日にしてはならないことをするのですか。」とパリサイ人はイエス様を批判しています。ここからイエス様は安息日の本当の意味を教えています。旧約聖書は旅人、孤児、主人を失ったやもめ、在留異国人に対して大変親切な福祉的な律法です。ルツ記に書かれているようにやもめや在留異国人は他人の畑で落ち穂を拾うことが許されています。旅人が空腹な時は道ばたの麦の穂を取って食べることが許されています。牛や家畜が井戸に落ちた時は安息日であっても助けなければならないことも教えられています。これらの教えをまとめてレビ記19章18節で「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」と教えています。これらを背景にしてイエス様はパリサイ人に本当の安息を教えています。3~4節で、ダビデがサウル王から追われて逃避行の時の出来事を引用しています。ダビデとその部下の者たちはサウルから追われて荒野の旅を続けて空腹で疲労困憊になっていました。その時祭司アヒメレクは神殿に供えたおさがりの祭司用のパンをダビデに与えています。アヒメレクはダビデを助けた理由でサウル王に殺されています。アヒメレクはいのちを捨ててでもダビデを愛し助けました。ダビデはイスラエルの王となりイスラエルに安息、平和をもたらしました。イエス様は救い主として私たちに安息を与えてくださるお方であります。イエス様と交わり、教えを受け、みことばを聞く時、魂の安息をいただくことが出来ます。これが安息日の守り方であり、まことの礼拝です。本当の安息は罪の赦し、罪からの解放です。イエス様は真の安息を与えてくださる方です。ダビデにパンを与えたアヒメレクはサウルに殺されましたが、このアヒメレクの行為をイエス様は愛の行為と語っています。マタイ、マルコ、ルカはこの出来事を書き記しています。小さなものに水一杯でも与えるものは決して報いからもれることはないとイエス様は約束してくださいました。イエス様は安息日の主として来てくださいました。飢えた者に霊の糧を与える主、渇いた者に永遠への水を与えるお方です。日々のデボーション、日曜日の礼拝で、いのちのパンの恵みに与り、魂の安息を覚える恵みに与りましょう。