2025年5月11日聖日礼拝

動画(40分27秒)

聖書 使徒の働き19章1節〜10節
説教 「聖霊の洗礼」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

詩篇51篇17節

神へのいけにえは砕かれた霊。打たれ砕かれた心。神よあなたはそれを蔑まれません。


今週の聖句

ヨハネの福音書14章16節

そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。


ルカの福音書からの黙想 ルカ9章前編

ルカ福音書は24章までありますが、9章50節が分水嶺のような頂点になって、ルカ福音書の前半と後半に分けることが出来ます。「さて、天に上げられる日が近づいて来たころのことであった。イエスは御顔をエルサレムに向け、毅然として進んで行かれた。」(51節)ここからイエス様はエルサレムに向かわれ、十字架の道を歩まれます。ルカ福音書の後半が始まります。9章1~50節はルカ福音書の前半の最後のクライマックスのような所です。ルカ福音書の後半がエルサレムへの道、十字架への道であるなら、ルカ1章から9章50節までの前半はガリラヤで伝道され、ことばで神の国を教えられ、数々の力ある奇跡でメシヤの証しをされ、真の愛を示された準備の期間です。9章1~6節でイエス様は弟子たちを伝道に派遣しておられます。「イエスは十二人を呼び集めて、すべての悪霊を制して病気を癒やす力と権威を、彼らにお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人を治すために、こう言って彼らを遣わされた。」(1~2節)イエス様の十字架の死、埋葬、復活、昇天、聖霊の降臨の後は12使徒が宣教の中心になっていきます。その備え、訓練としてイエス様は12使徒を宣教に派遣しています。イエス様は宣教に使わすときに使徒たちに霊的な力、権限を付与して派遣しています。ペンテコステの時に聖霊が下って聖霊の力、賜物は信じるすべての人に与えられました。9章の使徒の派遣はそのリハーサルのようで聖霊の力を使徒たちに与えて遣わしています。信仰を持って生きるために本当に必要なもの、必須不可欠なものは何かを教えています。杖、袋、パン、お金、下着。これら物質的必要なものは主が備えてくださいます。神の国を伝えるため、神の国に生きるために必須なものは霊的な力、霊的権威をイエス様からいただく事であります。この霊的な力によって神の国を伝える時、伝える人が無学な漁師や取税人であっても神の力で人の心の根底を揺るがせる力があります。この弟子たちの宣教に領主ヘロデの心も動揺しています。ヘロデは弟の妻を奪い、それをとがめたバプテスマのヨハネを殺しています。ペテロたちの宣教はヘロデ王の心に罪の意識を目覚めさせ、イエス様にあってみたい思いを与えています。主の力に制限誓約はありません。

2025年5月4日聖日礼拝

動画(41分58秒)

聖書 ルカの福音書9章28節〜36節
説教 「栄光に輝くイエス」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇51篇17節

神へのいけにえは砕かれた霊。打たれ砕かれた心。神よあなたはそれを蔑まれません。


今週の聖句

ヘブル人への手紙1章3節

御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。御子は罪のきよめを成し遂げ、いと高き所で、大いなる方の右の座に着かれました。


ルカの福音書からの黙想 ルカ8章後編

ルカ福音書9章からイエス様は十字架に架かって死に、葬られ、復活するメシヤである事を弟子たちに教え始めておられます。奇跡を行う力あるメシヤと十字架で命を捨て罪の贖いを成し遂げる苦難のメシヤを弟子たちが理解して信じることにイエス様は弟子訓練の焦点を当てています。8章最後の二つの癒しの奇跡はこの二つのメシヤ像をつなぐ接点のようです。会堂司のヤイロが登場します。「彼はイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来ていただきたいと懇願した。彼には十二歳ぐらいの一人娘がいて、死にかけていたのであった。それでイエスが出かけられると、群衆はイエスに押し迫って来た。」(41節)イエス様はナザレやカペナウムの会堂で教えておられました。ユダヤ人の祭司長、律法学者、役人、会堂管理人たちから嫉まれて会堂から追い出され、ガリラヤ湖畔や丘の上でみことばを語られ、奇跡をされました。会堂司ヤイロはイエス様を会堂から追放した人間でした。イエス様に敵対する行為をしていました。しかし12歳の娘が病に罹り死にかけていたのでイエスの足もとにひれ伏して、自分の家に来ていただきたいと懇願しています。イエス様を信じること、会堂から追い出したことを悔い改めること、イエス様を信じて懇願したことからユダヤ人グループから追い出され、会堂司の身分も剥奪されることを覚悟で、イエス様の所に来ています。イエス様は出かけられると、群衆がイエスに押し迫って来ました。群衆によって進行が妨げられるだけでなく、12年間長血を患っている女が群衆に紛れてイエス様に近づき、イエス様の衣の房に触れれば癒やされると言う一途な信仰をもってイエス様にタッチしました。その瞬間イエス様から力が出て女の病は癒やされました。女はそのままこっそりと家に帰ろうとしましたが、イエス様は誰がわたしの衣の触れたのですか、とあたりを見回されました。長血を患い汚れた女というレッテルを貼られ、人に接触することを禁じられていた女がユダヤの律法を犯してまでイエス様に触れて癒しをいただいています。誰がわたしに触れたのですか、女は恐れの中から勇気を出して信仰の告白をしました。これで時間がとられてヤイロの娘は死んでしまいました。失望のヤイロに恐れないでただ信じなさい、と語られイエス様は「娘よ起きなさい」と命じられ、娘は生き返りました。十字架に向かわれるイエス様はこの二人の癒しを通して、信じる者は救われること、苦難の道であっても主イエス様を信じることを教えています。

2025年4月27日聖日礼拝(バイリンガル)

動画(1時間50秒)

聖書 使徒の働き18章18節〜28節
説教 「キリストの体を築き上げる」
説教者 タン・ショーン師
通訳 リュウ・ホイイン師


今月の聖句

詩篇42篇1節

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。


今週の聖句

テサロニケ人への手紙第一5章16節〜18節

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。


ルカの福音書からの黙想 ルカ8章中編

ルカ福音書では8章までイエス様はガリラヤの町々村々を歩いて神の国を説き、福音を宣べ伝え、力ある奇跡を行っておられます。9章からは弟子たちの訓練教育に焦点をシフトしておられます。8章の半ば、後半に記載されてある奇跡はガリラヤ巡回伝道を締めくくる奇跡、主の業であります。ルカ8章半ばでイエス様はある目的を持ってガリラヤ湖の向こう岸のゲラサの地に夕刻船に乗って出発しておられます。船が出港するとまもなくイエス様はお疲れを覚えて船尾で熟睡されました。夕刻のガリラヤ湖にはしばしば突風が吹き荒れました。昼間は大地の温度が高温になりそこから気流は上昇します。夜になると地温は下がり水温が高いまま維持されそこから気流は上昇します。この気温の変化の時、ガリラヤ湖には激しい突風が吹き荒れることがあります。イエス様は一つの目的を持って、疲れたお体、突風の危険のリスクを承知で向こう岸へ行こうとされました。予想通り突風が船を襲い、船は水をかぶり沈没寸前になりました。ペテロたちが必死で水をかい出して、ふと見るとイエス様が休んでおられました。思わずペテロの口から出たことばは「私たちが死んでもかまわないのですか」でした。ペテロはどんな気持ちでこのようなことばを口にしたのでしょうか。イエス様への不満がこのことばの根底にあるように思われます。どんな不満でしょうか。ペテロたちが必死で水をかい出したりしている時、寝ておられたイエス様に不満だったのでしょうか。この突風の来る可能性のある時間帯に向こう岸へ行こうと言われたことへの不満だったのでしょうか。異邦人の住む向こう岸ゲラサに行くことへの不満がこの時爆発したのでしょうか。イエス様は嵐を叱りつけられました。すると嵐は静まり一行はゲラサの地に上陸。嵐を乗り越えて来た御一行を歓迎したのは村人ではなく、墓場を住み家とする悪霊に憑かれた男でした。自分を受け入れられないのか自傷行為のように自分の体に傷をつけていました。イエス様はこの男を癒やされ救われ、元気を回復しました。イエス様はこの男に家に帰って主がなしてくださった事を証ししなさいと告げられました。イエス様は失われた人を尋ね求めて癒やすために、救うために嵐を乗り越え、水をかぶることをものともせずにこの世界に来てくださいました。失われた隣人に主の暖かさを持って寄り添って行きたいと思います。

2025年4月20日聖日礼拝(イースター)

動画(49分38秒)

聖書 ルカの福音書24章13節〜32節
説教 「心は燃えていた」
説教者 高橋 博師


今月の聖句

詩篇42篇1節

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。


今週の聖句

コリント人への手紙第一15章20節

しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。


ルカの福音書からの黙想 ルカ8章前編

4章から8章まではイエス様が宣教を開始されガリラヤの町々村々を歩いて神の国を説き、福音を宣べ伝え、広く宣教をしておられる第一次ガリラヤ伝道と名づけられる時期です。イエス様の先駆けの働きをしたバプテスマのヨハネがヘロデによって捕らえられ首をはねられ殺されています。「また、悪霊や病気を治してもらった女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの女たちも一緒であった。彼女たちは、自分の財産をもって彼らに仕えていた。」(2~3節)イエス様の働きを支えている女性たちが紹介されています。男性たちではなく女性がイエス様に仕えています。女性の中でも最初に登場するのは「七つの悪霊を追い出してもらったマグダラの女と呼ばれるマリア」です。七つの悪霊に憑かれて悲惨な人生を送っていたマグダラのマリヤがイエス様を信じ変えられイエス様に仕える人として最初に紹介されています。次に「ヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ」が登場します。ヘロデはガリラヤの領主としてその地域を支配していました。ヘロデは弟ヘロデ・ピリポの奥様ヘロデヤを奪い取りました。バプテスマのヨハネは預言者として「それは律法に違反しています」と罪を指摘しました。ヘロデは悔い改めないでヨハネを牢に入れ、首をはねて殺し、首をお盆に載せてヘロデヤの娘に踊りの褒美として差し上げている悪人です。ヘロデの執事とはこのヘロデに仕えている役人です。イエス様の宣教の妨げをするヘロデの部下からイエス様に仕える人が召されています。イエス様の話は種まきの話しに繋がります。種には命があります。命ある種も落ちる所によっては芽を出さず鳥に食べられるものもあります。良い地に落ちれば100倍の実を結ぶ種まきのたとえを語っておられます。ヘロデの親族であっても、悪霊に捕らわれた人であっても、従順な心、開かれた心で神様のことばを聞くならば100倍の実を結びます。イエス様の家族も来ています。イエス様は、「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行う人たちのことです。」(21節)心を開いて神のことばを聞いて受け入れる時、血縁、民族、怨念、因襲を超えて、病人であっても救われ神の家族の愛の人間関係に入れられることを教えておられます。