詩篇99編の詩人は聖なる神さまの赦しを歌います。聖なる神さまは赦しに富んでおられる方です。ただ。詩人は同時に神さまのことを「悪しきわざには報復される方」であるとも言っています。なぜなら、神さまは「さばきを愛する」方だからです。
さばきがなければ、私たちは自分の罪が分かりません。自分の罪が分からなければ、赦された恵みも分かりません。さばきが大切にされることによってこそ、赦しは本当の赦しとして、意味を持つものになるのだと思います。
神さまがさばきを大切にされるのは、さばきそのものに目的があるからではありません。神さまが願っておられるのは、私たちが罪人としてさばかれることではなく、罪を赦されて新しく生きることです。そして、その赦しが本当の恵みとなるには、さばきが軽んじられてはならないのです。
私たちは誰もが赦しを必要としています。赦しを必要としない人は一人もいません。そして、私たちが赦されて新しく生きるために、神さまは御子イエスさまを十字架にかけてくださいました。イエスさまは、私たちの代わりに、私たちの罪のさばきを受けてくださったのです。だからこそ、私たちは赦された恵みを喜び、赦しの確信をいただいて新しく生きることができるのです。
神さまの聖なる御名が聖なるものとされるのは、私たちが赦された恵みを覚えながら、神さまをあがめ、神さまにひれふすところにおいてです。
御名が聖なるものとされますように。(マタイの福音書6章9節)