説教音声・要旨 2026年7月19日(日)

主日礼拝説教:2026年7月19日(日)

聖書箇所:出エジプト記20章17節

説教題:上にあるものを求める

暗唱聖句

こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。

コロサイ人への手紙3章1節

説教音声

説教要旨

心の地下室に光があてられる

 十戒の締めくくりは「あなたの隣人の家を欲してはならない」という戒めです。建物としての家が問題にされているのではありません。欲してはならないとされている対象は、「隣人の妻」、「男奴隷」、「女奴隷」、「牛」、「ろば」へと続きます。最終的には「すべてあなたの隣人のものを欲してはならない」と締めくくられます。「隣人の家」という言葉で示されているのは、「隣人のもの」です。隣人のものを欲することが戒められているのです。そして、そのポイントは欲することです。外に現れた具体的な行動ではありません。心の中が問われているのです。ある説教者は「心の地下室」と表現しました。

 イエスさまは心から出てくるものが人を汚すのだという言い方をされました。第十戒は、殺人や姦淫と並ぶ一つの罪を新たに問題にしているというよりは、あらゆる罪の背後にある心の地下室に光をあてようとしているのです。

キリストによって満たされる

 第十戒で戒められているのは隣人のものを欲することです。何かを欲することそのものではありません。隣人のものを欲する、そこに目が向けられているのです。

 何の欠けもない人は一人もいません。必ずないものがあります。そして、そのないものを意識するのは、周りの人との関係においてであるように思います。兄弟姉妹、学校の友だち、一緒に働く仲間、近所の人たち、そのような隣人との関係において、私たちは自分にはないものを意識させられるように思うのです。反対に、自分にあるものを意識するのも同じです。いずれにしろ、誰かと自分を比較しながら、持っているものや持っていないものを意識させられるのです。もちろん、機械的にあるなしの事実を確認するのではありません。あるなしの事実を確認しながら、優越感や劣等感を抱くのです。それはどちらにしても苦しいことです。

 また、欠けを埋めるために隣人が持っているものを手に入れたとしても、それで満足できるのではありません。自分にないものを手に入れたからと言って、それで欠けが埋まるのではないからです。埋まらない欠けを埋めるために、次から次へと欲しいものが出てくるのです。

 欲そのものが否定されているのではありません。しかし、欲をコントロールできなくて、隣人を傷つけたり、自分自身を苦しめたりするならば、それは問題です。そして、実際に、自分の欲に振り回されながら生きているのが、罪人である私たちの現実です。第十戒は、そんな私たちに神さまが与えてくださった新しい生き方です。

 「あなたの隣人の家を欲してはならない」、それはとにかく欲を捨てなさいという教えではありません。そうではなくて、神さまからの呼びかけです。隣人の家、隣人のものではなくて、わたしを見なさい、わたしがあなたを愛しているじゃないか、そのような神さまからの呼びかけです。神さまご自身が私たちを満たしてくださるのです。

 神さまが私たちに願っておられるのは、私たちが欠けのない完璧な人間になることではありません。そうではなくて、私たちが神さまご自身に満たされて生きることです。欠けがあってもいいのです。足りないものがあってもいいのです。神さまは欠けのある私たちをそのままに愛していてくださるからです。そして、その神さまご自身を求めていく、神さまの愛に満たされる、それが第十戒において示されている新しい生き方です。十戒は私たちに求めるべきものを求めるように招いているのです。

 使徒パウロは、第十戒において示された新しい生き方を、「上にあるもの求める」という言葉で表現しました。「こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座についておられます」。

 「上にあるもの」とはキリストです。父なる神さまは、御子イエス・キリストを通して、ご自分の愛を明らかにしてくださいました。そして、そのキリスト・イエスを求めるのです。それはイエスさまの愛に満たされて生きることです。どのような時にも決して変わることのないイエスさまの愛、その愛に満たされて生きるのです。そして、その愛に満たされて生きるところにおいてこそ、私たちは誰かと自分を比較しながら、自分にないものを必死に求めて生きる生き方から自由にされるのです。イエスさまの愛に満たされるところにおいてこそ、私たちは人と人との関係においても自由に愛し合う関係を築いていくことができるのです。 

祈り

 欠けだらけの私たちを愛していてくださる神さまに感謝します。ほかの何かではなく、神さまご自身を求め、神さまご自身に満たされて生きる私たちであらせてください。そして、その愛に満たされながら、互いに愛し合う私たちとならせてください。主イエス・キリストの御名よって祈ります。アーメン。

2026.7.19 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-01
2026.7.19 東近江キリスト福音教会「礼拝」説教レジュメ-02


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