主日礼拝説教:2026年6月21日(日)
聖書箇所:出エジプト記20章15節
説教題:盗んではならない
暗唱聖句
地とそこに満ちているもの
世界とその中に住んでいるもの
それは主のもの。
詩篇24編1節
説教音声
説教要旨
隣人の自由と尊厳を大切にする
「盗んではならない」、十戒の第八戒です。
「盗んではならない」と言われれば、イメージするのはモノを盗むことだと思います。お金や高級腕時計のようなかたちのあるもの、情報のようなかたちのないもの、いずれにしろ、モノです。しかし、十戒の「盗んではならない」という戒めにおいて、まず念頭に置かれているのは、人だと考えられています。人を盗むことです。分かりやすく言えば、誘拐や拉致です。誘拐や拉致をして、自分の奴隷にしたり、奴隷として売り飛ばしたりすることです。それは、人の自由を奪って、人を支配することです。人をモノ扱いして、人としての尊厳を奪うことです。
神さまから十戒を受け取ったイスラエルの民は、その少し前までは奴隷でした。エジプトの王であるファラオの奴隷です。奴隷である彼らには自由がありませんでした。彼らは、人としてではなく、単なる労働力としてこき使われていたのです。人としての尊厳が奪われていました。
しかし、その奴隷だったイスラエルの民が、エジプトのファラオから解放されて自由を得たのです。神さまが、イスラエルの民をエジプトから救い出し、彼らに自由を与え、彼らの尊厳を回復してくださったのです。十戒は、その自由を得たイスラエルの民に、新しく生きるための道しるべとして与えられたものです。そして、その十戒において、神さまは「盗んではならない」と教えられるのです。それは、ただ単に他人のモノを盗んではならないというだけのことではありません。モノを盗まなければ、それでよいということでもありません。より本質的には人を盗まないことです。それはともに生きる隣人の自由と尊厳を奪わないことです。ともに生きる隣人の自由と尊厳を大切にしていくことです。
十戒を与えられた神さまが願っておられるのは、私たちが与えられた自由を失わないことです。私たちが与えられた自由を失わないために、神さまは私たちが互いの自由と尊厳を大切にすることを願っていてくださるのです。神さまにとって、私たちは大切な一人ひとりです。
自由と尊厳を奪われてもよい人は一人もいません。私が救われて自由を得るために、御子イエス・キリストを与えてくださった神さまは、ともに生きる隣人一人ひとりのことも、同じように愛していてくださるのです。
自由を与えられた者として生きる
神さまは、救われて自由を与えられた私たちが、互いの自由と尊厳を大切にすることを願っていてくださいます。そして、ともに生きる隣人の自由と尊厳を大切にしていくことこそが、本当の意味で自由な生き方なのだと思います。
自由とは好き勝手なことをして生きることではありません。好き勝手なことをするために、他人を支配して、自分のために利用することではありません。むしろ、その反対です。ともに生きる隣人の自由を守り、人を人として尊重する、だからこそ、場合によっては自分の自由を手放すこともできる、そこに本当の自由な生き方があるのだと思うのです。そして、そのように自由な生き方を見せてくださったのが、まことの人となってくださったまことの神さま、私たちの主イエス・キリストです。
神さまは自由な方です。だれにも支配される方ではありません。ご自分のみこころを自由に行うことのできる方です。そして、神さまがご自分のみこころを自由に行われるというのは、私たちが好き勝手なことを行うのとは、根本的に異なります。
神さまは私たちを愛していてくださる方です。私たちを愛するがゆえに、限界を持つ人となってくださいました。永遠なる神さまが、不自由な人の中にご自分を閉じ込めてくださる、それが神さまです。
本来なら、そんなことをしてくださらなくてもよかったはずです。私たちがどうなろうと、神さまは生きることができる方なのです。しかし、敢えて、神さまはご自分を限りある人の中に閉じ込めてくださいました。不自由な人となってくださいました。それは神さまが私たちを愛してくださったからです。罪の中にある私たちを放っておくことが、おできにならなかったからです。私たちが、罪の支配の中から解放されて、あらゆる束縛から解放されて、まことの自由を得るために、神さまは限界のある不自由な人となってくださったのです。神さまは、私たちが自由を得るために、ご自分の自由を喜んで手放してくださったのです。そして、神さまはそのような自由に生きる者として、私たち一人ひとりを招いていてくださいます。
祈り
罪の奴隷だった私たちが自由を得るために、神さまが成し遂げてくださった十字架のみわざを覚えて感謝します。新しく始まる一週間も、自由な者として、人を盗む者ではなく、人を愛する者とならせてください。主イエス・キリストの御名よって祈ります。アーメン。

