詩篇86編の詩人はいのちを狙われています。神さまに助けを求めて必死に祈ります。ただ、その詩人の祈りは、単純に助けを求めるだけのものではありません。詩人は神さまの道を求めています。神さまの真理のうちを歩みたいと願っているのです。そして、自分の心が一つされるにことを願い求めます。
詩人が自分の心を一つにしてくださいと願い求めるのは、神さまの御名を恐れる者となるためです。「御名を恐れるように」、「心を一つにしてください」、そう願い求めるのです。御名を恐れるというのは、神さまとの関係を大切にすることです。神さまの道を歩む者となることです。
いのちを狙われる苦難の中で、詩人が祈り求めたのは、何よりも神さまを恐れる者となることでした。詩人にとって、大切なことは神さまとの関係そのものでした。神さまとの関係さえしっかりしていれば、神さまがともにいてくだされば、詩人には十分だったのです。詩人は、ほかの何かではなく、神さまご自身を必要としたのです。
神さまを必要とするのは、詩人だけではありません。私たちも同じです。私たちは神さまに造られたものだからです。そして、驚くべきことは、私たちが神さまを呼び求めるよりも先に、神さまが私たちを呼び求めていてくださることです。
神さまご自身が先に私たちを呼び求めていてくださるからこそ、私たちは神さまを呼び求めることができるのです。
主よ まことにあなたは/ いつくしみ深く 赦しに富み/ あなたを呼び求める者すべてに/ 恵み豊かであられます。(詩篇86編5節)