イスラエルの民を取り巻くいくつもの民族が、互いに盟約を結んでイスラエルの国に戦いを挑んでいます。「さあ 彼らの国を消し去って/ イスラエルの名が/ もはや覚えられないようにしよう」。目的はイスラエルの名前が忘れ去られてしまうほどに、徹底的にイスラエルの国を消し去ることでした。
後にイスラエルの国は滅びることになります。国は消し去られてしまいました。しかし、イスラエルの名前が忘れ去られてしまうことはありませんでした。なぜなら、国が消し去られても、神さまを信じる民は守られていたからです。神さまご自身がイスラエルの民をかくまってくださっていたのです。それは詩篇83編の詩人が信じていたとおりのことでもありました。詩人は自分たちのことを「あなたにかくまわれている民」と告白していたのです。
「あなたにかくまわれている」、詩人がそう告白する神さまは、現在の私たちのことも、同じようにかくまっていてくださいます。もちろん、神さまはどこにも見えません。沈黙しておられるかのように感じることもあるかも知れません。しかし、人間の思惑が支配しているかのように見えるこの世界でさえも、神さまは御手の中に置いていてくださるのです。そして、ご自分の民を、私たちをかくまっていてくださいます。
いつも新しく信仰の目をいただいて、かくまっていてくださる神さまを見上げましょう。
さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(へブル人への手紙11章1節)