詩篇82編の詩人は神さまこそが「さばきを下す」方であることを宣言します。その神さまは地上においてさばく立場にある人々に問いかけておられます。「いつまで おまえたちは不正をもってさばき/ 悪しき者たちの味方をするのか」。さばく立場にある人々は「悪しき者たち」の味方をして、さばきを曲げていたのです。神さまが見つめておられたのは、弱い立場にある人々でした。
神さまから問われているのは、さばく立場にある人々です。国の王や指導者たちです。しかし、その彼らに対する神さまの問いかけは、私にとっては、自分自身に対する問いかけでもあるように思いました。なぜなら、私もさばく者だからです。もちろん、公的な立場が与えられて、法的な判断をするような意味でさばくのではありません。しかし、自分の勝手な都合で人を判断するのは、詩篇82編のさばく立場にある人々と同じです。私もまた、弱い人を軽んじたり、強く見える人や自分の役に立ちそうな人の顔を立てたりするのです。
私たちは、さばく者であると同時に、さばきを受ける者です。神さまこそがまことのさばきを下す方です。そして、その神さまは御子イエスさまを十字架のさばきにかけられました。私たちが救われるためです。神さまは私たちを愛していてくださるのです。
まことのさばきを下す方に愛されている恵みを覚えながら、さばく者ではなく、愛する者にならせていただければ幸いです。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
(ヨハネの福音書3章16節)