ニコルソン師が、宣教師として再度来日しようとした時、WECのリーダーであったノーマン・グラブ師はニコルソン師が宣教師として日本に行きたいことを聞き、「日本でWECの働きを始めるために尽力してくれるなら、あなたのビザ交付に尽力しよう」と言いました。このようにして再度の来日を果たしたニコルソン師は、全国各地を旅行する時、WEC宣教の拠点となる所を探しました。近江兄弟社を訪れた時、以前から懇意であった塚本先生との関わりもあり、川並牧場の北川さんの仲介で、今の本部の家の購入話しが進みました。1950年にまずフルトン師一家が来られ、翌1951年には、ラウンドヒル、サリー、フィンレイソン、ゲリー、デイビス、ホルト、ジェームズ夫妻、マッソン、メイソン、続いて毎年のように続々と宣教師が来日。当時は今の本部の隣に、青年道場があり、そこを借り受けて、集会が持たれるようになり、独身宣教師の住まいにも利用されました。青年道場の講堂で行なわれた最初のクリスマスには1000人が集まったと言い伝えられています。
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