詩篇90編の詩人は、神さまに向かって、「代々にわたって/ あなたは私たちの住まいです」と告白します。住まいは私たちが帰るところであり出発していくところです。日々の生活、人生の拠りどころです。
一方で、詩篇90編の詩人は人生のはかなさを見つめています。「朝 花を咲かせても 移ろい/ 夕べには しおれて枯れています」。
人生は不確かで崩れやすいのです。どんなに成功して強くなっても、いつまでも続くものはありません。どんなに綿密な予定や計画を立てても、一瞬にして崩れ去ることがあります。確かなものは一つもありません。人生ははかないものです。
詩篇90編では歌われているのは、人生のはかなさではありません。確かな方がはかない人生を生きる私たちを支えていてくださることです。この世界と私たちをお造りになった神さま、確かな方が、私たちを愛していてくださる、不確かな私たちを支えていてくださる、詩人はその神さまを見上げているのです。そして、その神さまを自分の住まいとして告白して生きるところで、不確かな私たちたちの営みは、確かなものとされるのだと思います。
私たちは不確かな者です。しかし、永遠なる神さま、確かな神さまが、私たちを愛していてくださいます。不確かな私たちの歩みを支えたいと願っていてくださいます。
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。(ヨハネの福音書15章9節)