詩篇88編は苦しみの訴えから始まります。苦しみの訴えが最後まで続きます。最後は非常に暗い言葉で閉じられます。「私は暗闇を親しい友としています」。実に苦しくて寂しい告白です。
「私は暗闇を親しい友としています」、そう祈る詩人の周りにはだれもいません。一人ぼっちです。しかし、決して一人ではありません。なぜなら、神さまご自身が詩人の祈りを聞いていてくださるからです。そして、詩人はその聞いていてくださる神さまに向かって祈っているのです。ほかに相手がいないからでも、仕方なくでもありません。詩人は、祈りを聞いていてくださる神さまを知っているからこそ、祈っているのです。「私は暗闇を親しい友としています」、それはどんな時にもともにいてくださる神さまが相手だからこそ、打ち明けることのできる告白です。そして、神さまはそんな苦しくて寂しい告白を静かに受け止めていてくださるのです。
詩人の祈りを聞いてくださっていた神さまは、後に御子イエス・キリストを、暗闇の中にある罪人たちのところに、私たちのところに、送り遣わしてくださいました。
私たちも暗闇を経験することがあります。出口の見えない暗闇です。しかし、そこにもイエスさまはいてくださいます。そして、私たちの祈りを聞いていてくださいます。イエスさまは暗闇を照らすまことの光として来てくださった方だからです。
すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。(ヨハネの福音書1章9節)