詩篇85編は神さまが自分たちを「元どおり」にしてくださることを確信する言葉から始まります。「ヤコブを元どおりにされます」。詩人が「元どおり」を願うのは、現在が本来の姿ではないことを示しています。本来の姿でないのは、神さまとの関係です。詩人とイスラエルの民は、自分たちの罪のゆえに、神さまの怒りを買ってしまっている、そう感じさせられるような状況にあるのです。詩人が求める「元どおり」は、神さまとの交わりが回復することです。神さまから完全に受け入れられている恵みを覚えながら、自分たちも神さまを愛し、神さまに従って生きる、平和な関係の回復です。そして、そのような平和な関係の回復こそが、救いです。救いとは、神さまとの関係が「元どおり」に回復することです。なぜなら、神さまとの交わりの中に生きるところにこそ、私たち本来の姿があり、まことの幸いがあるからです。
詩人は神さまとの関係が「元どおり」にされることを必死に願いました。しかし、詩人が確信するのは、神さまこそが、だれよりもまず、「元どおり」を願っていてくださる方であることです。イスラエルの民との関係、さらには、すべての人との関係が「元どおり」になることは、神さまご自身の願いだからです。だからこそ、神さまは御子イエス・キリストを私たちに与えてくださったのです。神さまはいつも私たちとの平和な関係を望んでいてくださいます。
このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。(ローマ人への手紙5章2節)