詩編79編と同じように、詩篇80編においても、神さまと自分たちとの関係が、牧者と羊の群れに例えられています。詩篇80編の詩人は、神さまを「イスラエルの牧者」と呼びながら、同じ言葉を繰り返して救いを求めます。「私たちを元に戻し/ 御顔を照り輝かせてください。/ そうすれば 私たちは救われます」。
羊は自分の力で生きることができません。万が一、群れから迷い出るようなことがあれば、自分では戻ることができません。戻していただかなくてはならないのです。
イスラエルの民は、神さまの牧場の羊でありながら、迷い出てしまっていました。一度や二度のことではありません。神さまから顔を背けて、何度も迷い出ました。顔を背けたのはイスラエルの民の方だったのです。しかし、そのイスラエルの民を忍耐強く導かれた、それが神さまです。
迷い出るのは私たちも同じです。神さま以外のものを求めて、神さまから顔を背けてしまいます。神さまを信頼できなくて、自分の知恵や力で何とかしようとしたり、ほかの何かを頼ったりすることもあるかも知れません。しかし、そんな迷いやすい羊の群れのような私たちを、神さまは忍耐強く導いていてくださいます。私たちを愛して、十字架の死と復活のみわざを成し遂げてくださった神さまは、絶対に私たちを見放す方ではないからです。
また、群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。
(マタイの福音書9章36節)