受洗から半年ほどたった時でした。将来を考えるとどうしても酒屋を継ぐことになります。クリスチャンで酒屋をするということは無理だと感じました。クリスチャンかお酒屋さんか、どちらをとるのか。ずいぶん悩みました。悩んだあげく出した結論が「クリスチャンを辞める!」ということでした。
そのことを当時つきあっていた妻に報告すると妻はあっさりと「それなら、私たちの関係も終わりですね」といいました。その毅然とした言葉に愕然としたのですが、大きな勇気を持って言ってくれたようでした。妻はクリスチャンと結婚することを願っていたのです。
私は一晩祈りました。その祈りの中でむち打たれているイエスさまのお姿を思わせていただいたのです。なんのためにイエスさまは苦しまれたのか。今クリスチャンを辞めようとしているこの私のためであると鮮明に語られました。イエスさまの一方的な愛にもう一度クリスチャンとしての歩みを始めることになりました。
「そこで、ピラトはイエスを捕えて、むち打ちにした。」
ヨハネの福音書19章1節
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