続・牧会ずいそう<126> 心のサイン

 長浜で,送迎当番の母親が幼児を殺害した事は大きなショックを与えた。あってはならない事であり,あり得ないことが起こった。悪夢のような現実。犯人を責め,憎む事もあろうが,こんな時にこそ,何がそこまで追い詰めたのかを考える機会とするのも良いのでは・・。「窮鼠猫を噛む」の言葉もある。追い詰められると普通では考えられないことが起こる。噛んだネズミが悪いと責めるだけでいいのか。しかし,追い詰めた方は追い詰めている事にさえ気がつかない事が多い。そんな事をしたのは、追い詰められたと被害妄想になっていたのだ!で済まされる場合も多い。心のサイン(SOS)が今までに何度も発信されていたのではないだろうか。しかし、こう決まっているから,ここではこうなのだから,「郷に入っては郷に従う」デスよ!その覚悟で来たんでしょうから。という思いではその心のサインを聞く事は出来ない。強者の論理が,弱者の悲鳴を無視してしまう。その強者の態度が,弱者の心を益々恐怖に追い込むという事にはならないだろうか。弱者の心のサイン(SOS)を聞いて世に来られ、十字架に救いの道を開かれたキリストの事を思う。


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