三日は塩屋聖会に出席した。いろいろ教えられ、主の恵みを再確認した。説教の中で心に残った一つのお話がある。
英国での出来事。ある港に有名な無謀運転の引き舟があった。いつもアチコチの船や岸壁ぶっつけ、船はボロボロで嫌われていた。ところが、ある日この引き舟が、静かに規則正しく入港して来た。これを見た人が不思議に思い、今日はどうしたのか…と、乗組員に尋ねると「船は変わらないが船長が代わったのだ」と、言う返事があった。
私達の人生という船の船長は誰か。怒りの子、偽りの者、わがままな自我が船長となり、カジを握っていると大変である。愛の君キリストがカジを取って下さると、新しい生活が始まる。誰でもキリストにあるなら、その人は新しくつくられた者である。
コメントを残す