自我が問題になるのは、自己中心、利己的、わがままで、ガンコなところである。
聖会で千代崎先生は、預言者ヨナがこの自我に生きていた時の姿を明確に示して下さった。それは全てのクリスチャンが思い当たる姿である。自分の気に入らない事を命じられると、例えそれが神の御言葉であっても従いたくない。追い詰められると開き直ってヤケクソになり(やりゃぁいいんでしょ!)と、突っ走る。用いられると「自分だけが苦労して損だ」と言い、用いられないとねたんで「私なんか、どうでもいいんですョ…」と、すねたりふくれたりする。このような自我は、どうも厄介者である。
キリストの十字架に死んで、キリストと共に生きる者とされた、聖められた自我に生きたい。
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