免許は取得したが実際には運転しない、ペーパードライバーの人々が案外おられる。車の場合、必要なければ運転しない方が危険が無くて良いだろう。
しかし、信仰のペーパードライバーは戴けない。信じた者には、神の子となる特権、救いの恵みが既に与えられている。しかし、実際に信仰によって生きる生活がなければ、信仰の成長はなく、感謝も喜びも無い。危険が伴っても信仰によって歩む時、神の助けと恵みを経験する。栄光を顕すことも出来る。
御言葉の約束は、信じる者に神の愛、神の賜物、聖霊、キリストにある一切の良き物が与えられる…と、聖書は述べている。これらを実際に生かして用い、実を結ぶ者となりたい。ペーパードライバーでは…なく。
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