ある新年聖会に出席した時、一人の姉妹が次のような証しをしておられた。
「私は伏見稲荷の近くに住んでいます。三が日の内に出て来ようと思うと、初詣で人の流れに逆らって歩かねばならないので大変です。しばしば足が宙に浮いて後ろへ押し戻されそうになります。信仰生活は人の流れに逆らって生きているのだと痛感しました。」
過日……大阪駅で地下道を人の流れに乗って歩いていると、改札口へ入る筈なのに、いつの間にか出口の方へ歩いているのに気付き驚きました。自分の目的をハッキリと持ち、目的に向かって注意深く生きて行かないと、人の流れの中で自分を見失ってしまう。人のせいにしても、誰も責任を取ってくれない。
……滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いからです…【マタイ 七章十三節】…
コメントを残す