私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 彼との契約は、いのちと平安であった

    静まりの時

    • テーマ:キリストの主権
    • 聖書箇所:マラキ2・1~9
    • 日付:2026年05月01日(金)

    5 わたしの、彼との契約は、いのちと平安であった。
     わたしはそれらを彼に与えた。
     それは恐れであったので、
     彼はわたしを恐れ、
     わたしの名の前に、おののいた。
    6 彼の口には真理のみおしえがあり、
     彼の唇には不正がなかった。
     平和と公平さのうちに、彼はわたしとともに歩み、
     多くの者を不義から立ち返らせた。

    共同訳2018では以下の通りです。

    5 レビと結んだわが契約は命と平和であり
     私はそれらを彼に与えた。
     それは畏れをもたらす契約であり
     彼は私を畏れ、わが名のゆえにおののいた。
    6 真実の律法が彼の口にあり
     その唇に不正は見いだされなかった。
     彼は平和と正しさのうちに、私と共に歩み
     多くの人々を過ちから立ち帰らせた。

    おそれ、という言葉を新改訳では「恐れ」と表記していますが、共同訳2018では「畏れ」と表記されていて、神さまを敬う心、愛を予感させます。

    この「彼」は4節から「レビ」と特定できますが、意味としては、イエスさまを指し示しているように考えてよいと思います。

    神のことばであるイエスさまは、私たちに正しい神への畏れを育んでくださいます。そうしていのちと平和、平安の道が私たちのうちに、そして私たちが生かされている世界に生み出されます。

    神への恐れ、いのち、平和、平安はセットです。神への恐れのない平安も、いのちや平和が失われていまうような神への恐れは、聖書の語るところではありません。

    神さまへの健やかな畏れを育む信仰生活こそ、まことのいのち、平和、平安を私たちの人生にもたらすのです。