私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 単純に伝える

    私たちがペテロが語るのを聞くペンテコステの説教は、大方の近代人には、退屈なものに思われるだろう。彼らは、私たち人間の心が、それを快く受け入れることができるようには、説教しない。聴衆がそれを至上の喜びと感じるようには、説教しない。・・・
    彼らの説教とは、単純に、神が遠い昔から今の時に至るまでキリストを通してして下さったことを物語るということであった。彼らは、神の御業を数え上げ、それに賛美と栄光をささげる。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、196頁
    行伝2章4節
    2012年06月05日(火)

    この世の人々を魅了し、常に新鮮で、興味深く、視覚にも、聴覚にも斬新で、退屈しない説教を、初代教会は語りませんでした。

    キリストを通してなされた物語を淡々と語り、神さまを賛美し、栄光を神さまにささげました。

    そのような説教を語るものでありたいと思います。