私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 終わりの日に目を注ぐ

    パウロは、現状におけるこの世に目を注ぐことによってではなく、終わりの日に目を注ぐことによって「死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」という歓声をあげるのを制することができないのである。その日まで、大切なのは、一切の力や権力に抗して、信仰において主の甦りの勝利に惑うことなく固着するということである。

    リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、153頁
    第1コリント15章55節
    2013年04月26日(金)

    視点をどこに置くのか。何を見て生きるのか。大切なことです。

    目の前の現実を見れば絶望しかないかもしれません。しかし終わりの日に目を注ぐこと、そして主の甦りの勝利に固着することによって、いつも希望に生きることができます。勝利に生きることができるのです。

    これは現実から逃避することではないかと思うかもしれません。しかし現実ばかりを見て現実が本当に見えるのでしょうか。

    終わりの日の勝利をしっかりと見ることによってこそ、また目の前の現実を正しく見ることができるのではないでしょうか。