私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 主の愛の中に

    「これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。」

    ・・・

    キリスト者は罪を犯さないという意味で完全なのです。

    ヨハネの手紙第1、2章1節
    2013年12月14日(土)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    371頁

    聖書が書かれた目的は、キリスト者が罪を犯さないようになるためだとヨハネは語りました。ウェズリーはこれを解説して「キリスト者は罪を犯さないという意味で完全である」と語りました。

    本当でしょうか。

    過去、現在、将来の罪を犯すのが人間です。そういう意味では罪を犯さないという状況はありえません。ですから人間はいつまでたっても完全になることはありません。生涯不完全です。

    しかし罪の奴隷として生きることからは解放されています。それは主の十字架と復活による贖いのわざがなされ、その主ご自身を信じているからです。罪が赦され尽きることのない命に生きる者としていただいたからです。

    罪の奴隷ではなくなったという点で、もはや罪を犯さないということであるならば、キリスト者は完全です。

    いつも主の愛の中に生きることができます。