私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 違いを受け入れて充実した人生を

    「私があなたに託したさまざまな本性的な賜物の良き管理人でしたか」。

    マタイによる福音書25章15節
    2013年12月29日(日)

    『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
    (編)A.ルシー、(訳)坂本誠
    386頁

    「本性的な賜物」とはいったい何でしょうか。広辞苑によると「本来の性質、天性、ほんしょう」とありました。さらに「天性」を調べると「天から受けた性質。うまれつき。天資」とありました。

    人間にはみな違いがあります。同じ人は一人もいません。それが不公平だという人もいます。確かに人生は不公平かもしれません。しかし不公平を嘆き人生を呪って生きるよりも、その違いを受け入れて自分らしく生きていくことも人間にはできます。そしてその方が一度限りの人生をより良く生きることができると思います。

    イエスさまのたとえに、旅に出かける主人がしもべたちに自分の財産を預けるというものがあります。3人の人に、それぞれ5タラント、2タラント、1タラントと預けます。同じ金額を預けません。みな違うのです。その違いは「それぞれの力に応じて」とあります。不公平です。しかし不公平を呪わず忠実に生きる者に、神さまは同じ祝福の言葉をかけてくださいました。

    人間にはみな違いがあります。強い、弱い、大きい、小さい…。しかしその違いを大切に、自分にしかできない生き方を喜びと感謝をもって生き抜くこと。そこに充実した人生があります。