私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 敬虔な問い

    〔誘惑〕

    2014年3月9日(日)

    蛇がまず問題にするのは、神が語った言葉についてである。蛇は質問する。「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。
    ・・・
    蛇が提出した問いは全く敬虔な問いであった。
    ・・・
    「ほんとうに神が言われたのですか・・・」という問いは、神なき者の問いである。
    ・・・
    私は、神があわれみ深い愛の父であることを知っている。そうだとすると、神は本当は、<自分の命令を守らない者には怒りの神である>とは語らなかったのではないか。
    ・・・
    ―これはまさに、一見無害に見えながら、われわれの中で悪に力を得させ、われわれを神に対して不従順にさせる問いなのである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、122頁f。

    神さまに対する敬虔なイメージが、神さまの言葉への不従順を生み出します。それは神さまの言葉よりも、自分の思いを優先させる一歩です。神さま抜きで、考え始めてしまう一歩です。その道は滅びです。
    いつも神さまを中心にして、敬虔と従順に歩みたいと思います。

    (祈り)
    神さま、いつもあなたのお言葉である聖書をまっすぐに聞くために、あなたご自身を中心にさせてください。