私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • 純粋な教えに生きていると主張する教会への不可欠な問い

    〔もし愛がなければ〕

    2014年7月6日(日)

    第1コリント13章1~3節。

    「神を愛する」こと―そして神に対する愛から兄弟を愛すること―をわれわれは「純粋な教えに生きる」プロテスタント教会の中でなおも努めているであろうか。
    ・・・
    信仰のみについて説教するプロテスタント教会の上にも、やはり絶えず繰り返し「もし愛がなければ、わたしは無に等しい」という言葉が置かれているのである。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、334頁f。

    愛があるかないか、それが重要な問いです。
    どんなに純粋な教えに生きているといっても、そこに愛がなければ無に等しいのです。

    人間は、愛のない宗教、愛のない信仰、愛のない献身、愛のない犠牲、愛のない施しをしてしまえるほどに、罪深いのです。

    聖日礼拝を守り、十分の一献金をし、偶像礼拝を避けていても、愛がなければ何の意味もありません。

    (祈り)
    神さま、あなたへの愛に満たして下さい。そして隣人への愛に送り出してください。