私は、語りかける声の主を見ようと振り向いた。(黙示録1・12)

  • われわれの生の断片

    〔主よ、あなたは私よりも強い方です〕

    2014年7月28日(月)

    「主よ、あなたがわたしを説き伏せたので、わたしはその説得に従いました。あなたはわたしよりも強いかたなので、あなたはわたしに勝たれたのです。」
    (エレミヤ書20:7)

    断片の中には、すべてを完成させるのは最終的に神の問題であるという理由によって、数世紀にわたって意味を持ち続ける断片もある。すなわち、断片であり続けなければならない断片もあるのだ。

    ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~』
    村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、372頁f。

    今取り組んでいること、あるいは取り組まなければならないこと、それが「断片」のようなものに感じられる時。断片であるということで、無駄な作業に思えることがあります。しかし完成させるのは最終的に神さまの問題であるので、意味を持ち続ける断片もある、断片であり続けなければならない断片もある、とボンヘッファーは語ります。
    人とのかかわりの中で、その人の人生の一部分とかかわります。それは断片でしょう。しかしその人を完成させるのは最終的に神さまの問題ですから、私は断片にとどまることが必要であり、意味のあることなのです。
    私の取り組みは、ジグソーパズルの一片のように何の絵か分からないようなことかもしれません。しかし全体が完成するためには、その取り組みもなくてはならない一片なのです。
    今日一日も、そして今日一日に一瞬一瞬も、生の断片として大切に生きたいと思います。

    (祈り)
    神さま、きょうも、ひとつのことに丁寧に生きさせてください。