静まりの時
- テーマ:自然にあらわれた栄光
- 聖書箇所:詩篇135・1~21
- 日付:2026年07月28日(火)
3 ハレルヤ 主はまことにいつくしみ深い。
主の御名にほめ歌を歌え。その御名は実に麗しい。
御名が麗しいとはいったいどういうことなのか。
麗しい、は、広辞苑で
- 端正である。立派である。壮麗だ
- 見事である。整っていて美しい。きれいである。
- 行儀がよい。礼儀正しい。きちんとしている。格式ばっている。
- 理想的にいっている。
- 曲がっていない。几帳面だ。
- はれやかである。
- 愛すべきである。かわいい。いとしい。
- 正真正銘である。まちがいがない。
単に、きれい、というだけでなく、そこには、倫理的道徳的な聖さや義というものが含まれているようです。そのようなことばをもって形容した神さまの御名。言い尽くせない麗しさなのだと思います。
それは、私の救い、がかかっている名だからなのだと思います。私たちは三位一体の神の名によって洗礼を授けられますが、この洗礼によって私たちは神さまのものとなりました。私たちには、神の名、が刻まれているのです。
この神の名には力があります。権威があります。お金には日本銀行の銘が刻まれています。運転免許証には国家公安委員会の印が押されています。価値ある美術品には作者の銘がついています。それと同じように、それよりもはるかに偉大な名が主にある者には刻まれています。私たちは神さまの力に日々守られています。神さまの所有物として生きるものとして、この世界にあってお墨付きなのです。大安心のなかに今日も生きることができます。私たちも主の御名の麗しさをほめたたえます。