「読みて書を解するは一なり。之を読みて其身に益するは他なり。言を聞きて耳に悦ぶは一なり。之を聞きて其道に進むは他なり。」
新井奥邃、『聖言』、12
「本を読んで理解することは、一つのことではあるが、これを読んで自分自身に役立てることとはまた別のことである。人の言葉を聞いて悦ぶことは、一つのことではあるが、これを聞いてその道に進んでいくこととはまた別のことである。」
聖書を読んで理解することと、その通りに生きることとは違うことです。イエスさまのことばを聞いて喜ぶことと、その道に生きることとは別のことです。いくらたくさんの知識を得たとしても、ちっとも生き方が新しくされていないならば何の意味もありません。
聖書は私たちに生き方の変革を迫ります。
〔聖書の個所〕
また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。
(ヤコブ1章22節)
そこで答えて言われた。「わたしも一言尋ねますから、それに答えなさい。ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、人から出たのですか。」すると彼らは、こう言って、互いに論じ合った。「もし、天から、と言えば、それならなぜ、彼を信じなかったか、と言うだろう。しかし、もし、人から、と言えば、民衆がみなで私たちを石で打ち殺すだろう。ヨハネを預言者と信じているのだから。」そこで、「どこからか知りません。」と答えた。するとイエスは、「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに話すまい。」と言われた。
(ルカ20章3~8節)