「食物は聖物なり。與に共にすべきと同時に、私意私慾を以て食ふべからず。感謝して以て之を受くるは古の道なり。」
新井奥邃、『聖言』、13
「食べ物は聖なるものである。仲間と共に食すべきであると同時に、自分勝手なむさぼりの心、貪欲の心で食してはいけない。感謝してこれを食すことは、どんなに時代が変わっても変わらない大切な教えである。」
私たちは食事をとります。食卓を囲みます。単に栄養を補給しているだけではありません。食物は餌ではありません。聖なるものです。神さまが与えてくださった大切なものです。人間は、これを感謝していただきます。人々と分け合っていただきます。たがいに生かされていることを喜びながらいただきます。
〔聖書の個所〕
こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。
(第1コリント10章31節)
しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。神のことばと祈りとによって、聖められるからです。
(第1テモテ4章3~5節)
もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。
(ローマ14章15節)