「謙を始めとす。又謙を終わりとす。真黙の音は万声を貫く。」
新井奥邃、『聖言』、106
「謙遜をはじめとする。また謙遜を終わりとする。真実な沈黙の言葉は、多くの言葉の中にあって最初から終わりまで成し遂げるものである。」
謙遜に終始すること。どこをとっても謙遜であるという人生。それは沈黙を大切にすることでもあります。ただ黙って何かを成し遂げていくことです。多くの言葉があっても謙遜でないならば何事もなしえないのです。
自分は「真黙の音」を響かせているだろうか、と思います。
〔聖書の個所〕
隣人をさげすむ者は思慮に欠けている。しかし英知のある者は沈黙を守る。
(箴言11章12節)
愚か者は自分の怒りをすぐ現わす。利口な者ははずかしめを受けても黙っている。
(箴言12章16節)
自分のことばを控える者は知識に富む者。心の冷静な人は英知のある者。
(箴言17章27節)
それでも、イエスは何もお答えにならなかった。それにはピラトも驚いた。
(マルコ15章5節)