私たちと共に神の言葉を聴こうと誘えばよい

預言をする。神の言葉を語ることである。今日ではまず説教のしていることである。・・・伝道とは神が生きておられることを知ってもらうことである。そのためには、礼拝に招けばよい。私たちと共に神の言葉を聴こうと誘えばよい。そうすれば、私たちのなかにおられる神に会える。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、345頁

2020年11月22日(日)

目に見えない神さまが、生きて働いておられることを知ってもらうことが伝道である、といいます。そのことが一番よくわかるのは、預言、すなわち説教がなされている場である、説教がなされている場はなによりも礼拝である、といいます。礼拝において、新しい方、また求道者が、神さまを知る、神さまを発見する、のです。礼拝のなかで、説教がなされている場で、何を目の当たりにするのか、それは説教に耳を傾けている会衆に出会うのです。礼拝をささげる群れに出会って、人びとは生きておられる神さまに出会うのです。

「反対に、皆が預言しているところへ、信者でない人か、教会に来て間もない人が入って来たら、彼は皆から非を悟らされ、皆から罪を指摘され、心の内に隠していたことが明るみに出され、結局、ひれ伏して神を礼拝し、「まことに、神はあなたがたの内におられます」と皆の前で言い表すことになるでしょう。」(第一コリント14・24-25)