夜をどのように過ごすのか。・・・夜、祈りをくちずさみながら、主イエスのことを問い始めた歩みは遅々としていても、新生へと向かうものであったのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、281頁
2020年9月22日(火)
ニコデモが夜にイエスさまのところにやってきたことは、人目を避けてやってきたのだ、昼にイエスさまのところを訪ねる勇気がなかったのだ、との解釈を聴きます。しかし「夜」の過ごし方の大切さもあるのではないか、といいます。たしかに夜は思索の時でもあるのだと思います。静かな時、人生を振り返る時、そして神さまを思う時です。
「さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスのもとに来て言った。」(ヨハネ3・1,2)
「床に就くときにも御名を唱え/あなたへの祈りを口ずさんで夜を過ごします。」(詩編63・7)