あなたご自身がご存じです

甦られた主イエスがペトロと交わされたこの愛の対話は、永遠の美を宿す物語である。日本の先輩たちがこころを燃やして説き続けた物語である。・・・これは私たちの信仰告白の基本形である。私がキリストを信じるということは主イエスを愛するということである。だがその愛の確かさは、自分が力を込めて保証することではない。主よ、これはあなたが私に与えてくださった愛、私以上にあなたご自身がご存じです。私があなたを愛することを! これほど確かな愛はないのである!

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、282頁

2020年9月23日(水)

神さまを信じるということ、神さまを愛するということ、それ自体が神さまの御手の中にあると告白すること、それがキリスト教信仰の基本形である、といいます。この基本形から離れてゆくと、一見勇壮な信仰のように見えて、砂の上に建てた家のように脆い信仰、そして人生となるのです。

「食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、『ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか』と言われた。ペトロが、『はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです』と言うと、イエスは、『わたしの小羊を飼いなさい』と言われた。」(ヨハネ21・15)