新しく生まれるということは、神の働きが見えるようになるためである。新生を知らないで、神が生きて働いておられることを知ることができない。そこではただ疑いに満ちた、愚かな討論しかできない。だから主は私たちを新しく生まれるようにと招かれる。主ご自身における神の働きを見るために!
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、280頁
2020年9月21日(月)
救われるということは、神さまのとの関係において義とされるということであり、またそれは新しく生まれるということです。新しく生まれるということは、倫理的にも道徳的にも正しく生きるということを含んでいると思いますが、それ以上に神さまの働きが見えるようになるといいます。神さま働きが起こるようになるというのとはちょっと違って、神さまは常にお働きくださり様々なみわざをなしていてくださるのですが、新生できていないとそれが見えないのです。
「ある夜、イエスのもとに来て言った。『ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。』イエスは答えて言われた。『はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。』」(ヨハネ3・2,3)