・・・教会に主は「天国の鍵」を与えられた。カトリック教会は、これを重んじ、これがペトロ以来、ローマの司教、すなわち教皇によって継承されているとする。改革者たち、そして福音主義教会は、教会が天国の鍵を与えられていることを否定しないどころか、それを重んじる。教会は天国の鍵をお預かりしている。それを用いて、人びとを天国に招き入れる。入れるか入れないか、教会が決める。そこで赦しが、救いが現実になる。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、275頁
2020年9月16日(水)
教会は天国の鍵をお預かりしています。この地上で、罪の赦し、救いが与えられているのは教会だけです。ですから教会はこのことを自覚してひたすら罪の赦し、救いを語らなければなりません。そうでなければ塩気を失った塩のようなことになってしまいます。
「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(マタイ16・19)