主イエスが教会建設の基礎としてくださったのは何か。ペトロそのひとであろうか。そうなると、ペトロの存在を継承し続けて、教会の基礎となるのは誰かということになる。ペトロが口にしたイエスをキリスト、生きておられる神の子と言い表す信仰の告白の言葉であろうか。そうなると、信仰告白の言葉だけが継承され、誰がどのように言い表しているかを問わないことになる。もちろん、いずれでもない。ペトロと同じ告白と、それを存在を賭けて言い表すひとそのものが問われる。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、274頁
2020年9月15日(火)
信仰の告白とそれを告白する人によって、教会が建てられます。車の両輪のようにいずれも欠かすことのできないものです。そして告白も、人も、神さまご自身が、為し備えてくださることであると聖書は語ります。ペテロを召されたのは神さまご自身でした。またそのペテロが、信仰の告白をしたならば、それは神さまがそうさせて下さったのだ、と主イエスさまは語られたのです。これは、信仰生活を健やかに過ごしていくために欠かすことのできない信仰理解です。
「シモン・ペトロが、『あなたはメシア、生ける神の子です』と答えた。すると、イエスはお答えになった。『シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。』」(マタイ16・16-18)