聖書のほとんどの言葉が日本語に移されているのに、教会の日常語に訳されないままで用いられ、誰もが知っている言葉は、アーメンである。日本だけではなく、全世界の教会で訳さずに誰もがアーメンという。それなら聖書の翻訳でも訳さなくてもよかったかもしれない。自分が語る言葉を確かなものとし、自分が聴き取った言葉をしっかい受け止める言葉である。主イエスご自身が「アーメンである方」と呼ばれている(ヨハネの黙示録第3章14節)。黙示録は、それをすぐに言い換えて「誠実で真実な証人」と言う。私たちの信仰は、このアーメンそのものである方がアーメンといって語り出してくださっているみ言葉をアーメンと言って受け入れ、私たちの存在そのものがアーメンとなることなのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、263頁
2020年9月4日(金)
誠実で真実な証人。真実とは嘘偽りがないということでしょう。誠実とはまじめで真心がこもっていること、ということでしょう。この二つが、語る言葉の力である、ということでしょう。言葉に力があるために嘘をつかないということ、そしてまじめで真心をこめること、人間関係の基本なのだと思います。そして何よりも神さまとの関係の基本なのだと思います。
「アーメンである方、誠実で真実な証人、神に創造された万物の源である方が、次のように言われる。」(黙示録3・14)