妻に対する夫の愛が真実なものとなるのは、自分たちが祈る存在であること、いわばいつも仰ぎみる、こころの天窓を持っていることを尊び、その天から注ぐ恵みの雨を共に戴き続けるものであることを思い起すときである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、262頁
2020年9月3日(木)
今日の個所には、大阪教会の創設にかかわった牧師、宮川経輝(つねてる)を描いた阪田寛夫の小説『花陵』が引用されていました。日記の中に書かれた牧師と妻との対話から夫婦の愛について思いめぐらされています。
牧師夫婦の間の愛についてですが、おおよそこの地の夫婦とそう変わらないのです。ただ牧師は定期的に集いがあり、その中で聖書のお話をします。それは妻との間が平和でなければ為すことのできないことです。ですからたとえ夫婦喧嘩をしたとしても集いまでにはきちんと仲直りをしていないと、説教が説教にならない、うわべだけの言葉になる、ということです。仲直りのチャンスが否応にもやって来る、そういう意味では幸せなのかもしれません。
妻を自分よりも弱いものだとわきまえること、そしていのちの恵みを共に受け継ぐ者として尊敬すること。弱いものだとわきまえつつ、尊敬すること。これが大切なポイントですね。
「同じように、夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りが妨げられることはありません。」(1ペトロ3・7)