誰かのために祈ること

<代禱>という美しい表現がある。それこそが「とりなし」である。そのひとが信じなければ義とされることもないと熱心に主張してきたプロテスタント教会に対する問いがここにある。誰かのために祈ることは、そのひとに代わって、ということでもある。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、264頁

2020年9月5日(土)

個人として信仰を告白することは大切なことですが、人間にはそれができないという状況も生まれてきます。そのとき、その周りにいる愛のかかわりの中に置かれた者の祈りを、聖書にしるされている三位一体の神さまは、聞いてくださいます。病の中にある者、障害を負う者、幼児、認知症の中にある者、など、聖書の神さまは、その人びとの救いのために、その周りにいる人たちの信仰を見てくださいます。

「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、あなたの罪は赦される』と言われた。」(マルコ2・5)