罪は深みをもっている。しかも魅力ある深みである

黙示録はサタンを軽視しない。罪は深みをもっている。しかも魅力ある深みである。現代における神を軽んじる思想や生き方も、自分たちこそ誠実であり、深みがあると思い込んでおり、そのように主張する。・・・キリスト者は楽天家ではない。サタンの深みと呼ばれる闇の深みと向かい合う。それを知らないということは拒否を意味する。キリストが立たれた十字架の闇を知っているから、サタンの深みの魅力に勝てるのである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、80頁

2020年3月13日(金)

異端は、どこからみても異端と見えない、むしろ誠実と深みをもって信仰者たちに迫ってくる、あるいは信仰者たちのただ中にあろうとする、ということでしょう。

また異端とともに、カルトも教会の中に巧妙に存在しようとし、信仰者たちをその魅力ある力によって惑わそうとしている、ということでしょう。

主イエスさまにあるものは、それらを軽視することなく、断固拒否します。その拒否の仕方は「知らない」という方法で拒否をします。おおよそ知識は人を高ぶらせるものです。

「ティアティラの人たちの中にいて、この女の教えを受け入れず、サタンのいわゆる奥深い秘密を知らないあなたがたに言う。わたしは、あなたがたに別の重荷を負わせない。」(黙示録2・24)