友情は(本質的に)私たちの外見に重きをおかないばかりか、家族とか、それぞれの過去とか、係累といった具体的な背景をまったく考慮に入れません。
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エロスは愛する者の肉体を求めるかもしれませんが、友情の求めるのは裸の人格なのです。
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友情には快い任意性があり、何の責任も負っていません。友情には権利の主張も、必然性もありません。友情は哲学と同じように、芸術と同じように、宇宙そのもののように(神には創造に手を染められる必要はまったくなかったのですから)、必要から生まれたものではないのです。友情には、存在価値などというものはありません。むしろそれは人間の存在自体に価値を与えるものの一つといったらいいでしょうか・・・
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・・・それゆえ、友情の輪のうちにある者はそれぞれ心ひそかに他に対して、謙遜な気持ちをいだかずにはいられないでしょう。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、246-247頁
2019年6月22日(土)
裸の人格を大切に受け止め合う関係をいただかなければ生きて行くことができません。
「わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする。」(イザヤ43・4)