人間の霊性の健康は、彼が神をどのくらい愛しているかということに正比例している・・・神に対する人間の愛はそのことの本質からしておおかたは(多くの場合、まったく)求める愛とならざるをえません。
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みずからの創造者である神のまえに立って、「私は乞食ではありません。私にはあなたから何かをいただこうなどという意図はないのです。私はただ無欲にあなたを愛しています」などと広言する人間がいるとしたら、図々しいというか、愚かというか、まったく話のほかです。神に対して<与える愛>に近いものをもつにいたった人は、それに気づくやいなや、ただちにあの取税人のように悔いて胸を打ち叩き、唯一の真の与え手である神に、自分がいかに惨めで、困窮しているかを告げるでしょう。私たちがそのようになることを、神は意図しておられるのです。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、226-228頁
2019年6月9日(日)
人間は神さまの前に立つ時、幼子のように求める者となること。それが人間として健やかな人生に生きることを得させます。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(マタイ7・7)