「すべての人は救われる」―そう、心から言うことができるなら、私はどんな代価でも喜んで払いたいと思います。しかし私の理性は問い返すのです―「本人がそう願わなくてもですか?」と。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、219-220頁
2019年6月4日(火)
救われたいと願うこと。それが大切なことの一つです。しかし、おおよそ願わない人というのが存在するのでしょうか。どのような人でも心のどこかで救われたいと願っているのではないでしょうか。
ただ救われたいと願っているときの、その「救い」とはいったいどのような状態であるのか。本人の願うとおりになることが救いなのか。
救いというのがどういうことであるのか。本当にご存知なのは神さまだけなのだと思います。
ですから救われたいと願うことと、神さまのみこころの救いが自分の人生に実現することを願うこととが、一つのこととなるような救い、が私たちには必要なのだと思います。
そのために、聖書を学び神さまのみこころを学ばなければならないのです。
「口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ10・9)