もしもこの人物が回心することをあくまでも拒んだとします。その場合、永遠の世界においてどのような運命が彼に相応である、とあなたには考えられますか?
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、220-222頁
2019年6月5日(水)
「このような人物」とは、罪と悪に確信をもって生きている人物のことです。
神さまはどのような罪人をも救うこと、罪のいっさいを赦し、永遠のいのちに生きることを願っておられます。しかしそれは「愛」ということにおいて可能ですから、救われなければならない罪人自身が、その自由意志によって、救われたいと願うことがどうしても必要となって来るでしょう。救われたいと願うことが回心に導かれる可能性を持っているのですから、そう願わない者が、それでも自動的に救いに与るということはありえないことでしょう。
人間は善に生きるように神さまに造られていますから、悪に生きてしまうところに本当の平安や喜びがあるはずがありません。
「こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」(マタイ25・46)