肉体、場所、移動、そして時間が霊的生命の最高の到達点とは無縁であると私たちが現在感じている・・・という事実そのものが、すでに私たちの痼疾の症状の一つなのです。霊と自然が私たちのうちにあって互いに争ってきたということ―これこそが私たちの病気なのです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、164-5頁
2019年4月26日(金)
復活のからだに生かされていること。それは肉体、場所、移動、時間からの束縛から文字通り解放されるということとは違うといいます。
復活のからだに生かされるということは、肉体、場所、移動、時間が束縛であって束縛でなくなる、あるいは束縛そのものが豊かな調和の中に存在するということなのでしょう。
そうすると信仰をいただいて、天国の恵みに生かされる者は、この地上にあって、さまざまな束縛の中にあって、その束縛が束縛とならない、なお喜びと感謝に生きる者となる、ということなのでしょう。
「しかし、『あなたには信仰があり、わたしには行いがある』と言う人がいるかもしれません。行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう。」(ヤコブ2・18)