脇に置く

執筆者:

カテゴリ:

正義の神が、自分のところに休まれる場所を得られるようにするためには、人間が自分で獲得したと思いこんでいるものを脇に置かなければなりません

エルンスト・ヴィーヒャート、「名もないミサ」より、全集第6巻、70ページ

魂への配慮の歴史11,263ページ

神さまは私たちとともにいて下さると約束して下さいましたので、どんな状況の中にも共にいて下さいます。しかし自分の中に「正義の神が休まれる場所」を造る、すなわち平安の中に神さまと共に生きる、神さまの喜びと共に生きるためには、「自分が獲得したと思いこんでいるものを脇に置く」ことが必要であるというのです。逆に言えば、自分が獲得したものを中心にしているといつまでたっても神さまが共にいて下さることの醍醐味を味わうことが出来ないということでしょう。

自分が獲得したものを脇に置く。それはいわゆる謙遜などということではなく、神さまにすべてを委ねなければ生きることの出来ない自分の足りなさを知ることでしょう。なかなか難しいことです。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA